はじめに
USBオーディオの世界では、USBケーブルやUSBハブ、USBアイソレータによって音質が変化するという話題が昔から議論されています。
その理由としてしばしば挙げられるのがUSB電源品質です。PC内部にはCPUやGPU、メモリ、スイッチング電源など多くのノイズ発生源が存在しており、それらの影響はUSBポートの5V電源にも現れます。
一方、USB DACやUSB-DDCの内部では高精度クロックやPLL(Phase Locked Loop)が使用されており、これらの回路は電源品質の影響を受ける可能性があります。
オーディオ用途では、
- USBアイソレータを入れると音が良くなる
- USBハブで音場が変わる
- USB拡張ボードで定位が改善する
といった意見を見かけますが、その変化が実際にどのような電気的特性の違いに起因しているのかを定量的に示した例はあまり多くありません。
そこで今回は、XMOS XU208 USB-I2S DDCを用いて、
USB電源ノイズとI2S BCLKクロックの周波数変動との相関
を測定してみました。
比較対象としては、
USBハブ:外部電源を用いるセルフパワーUSBハブ Elecom U3H-T706Sを使用しています。
USB拡張ボード:PCI Expressに加えSATAの電源端子を持ちBuckコンバータ電源を実装していると思われるStarTech PEXUSB3S2EIを使用しています。
USBアイソレータ:Mixed Signal Systems Lab製USBアイソレータ UAI-1 を使用しています。
UAI-1はUSB絶縁機能だけでなく、超低ノイズLDOとして知られる LT3045 を搭載している点が大きな特徴です。
本記事では、
- USB 5VラインのFFT解析
- XMOS XU208のI2S BCLK周波数ヒストグラムの標準偏差(STDEV)
を比較し、USB電源品質とクロック安定性との関係について考察します。
結果としては、USB電源ノイズが低いほどBCLK周波数分布の標準偏差(STDEV)が小さくなる傾向を確認できました。
測定の目的
今回の目的は、
USB電源環境の違いがXMOS XU208 USB-I2S DDCのクロック安定性に影響するかどうか
を確認することです。
USBオーディオ関連のアクセサリは数多く存在しますが、多くの場合は試聴による主観評価が中心となります。
しかし、もしUSB電源品質の改善が実際にクロック安定性に影響しているのであれば、その変化は測定値として観測できるはずです。
今回着目したのはI2SのBCLKです。
BCLKはDACへデジタルオーディオデータを伝送する際の基準クロックであり、その安定性はシステム全体のタイミング精度に関わります。
そこで、
- USB電源ノイズをFFTで評価
- BCLK周波数分布をヒストグラム化
- 分布の広がりをSTDEVで定量化
することで両者の関係を評価しました。
測定環境
DUT
評価対象はXMOS XU208を搭載したUSB-I2S DDCです。
XMOS XU208はUSB Audio Class 2.0対応プロセッサとして広く採用されており、多くのUSB DACやDDCに搭載されています。
PCから受信したUSBオーディオデータを処理し、I2Sとして外部DACへ出力します。
今回はXMOS XU208から出力されるI2Sクロック BCLKを測定対象としました。


比較対象
今回比較したUSB接続環境は以下の4条件です。
① PC USBポート直結
もっともシンプルな構成です。
PCマザーボードのUSBポートから直接XMOS XU208 USB-I2S DDCへ接続します。
PC内部のスイッチングノイズやグラウンドノイズの影響を最も受けやすい構成と考えられます。
PCの構成を以下に示します。
- CPU:AMD Ryzen9 5900XT
- マザーボード:ASUS TUF GAMING X570-PLUS
- ATX電源:Corsair RM750x
- RAM:DDR4 64GB
- SSD:M.2 NVMe Gen4 2TB
- グラフィックボード:GeForce GTX1650
② セルフパワーUSBハブ(エレコム U3H-T706S)
外部電源を使用するセルフパワーUSBハブを介して接続します。
USBバスパワー負荷の分離や電源品質改善の効果が期待できます。

③ USB拡張ボード(StarTech PEXUSB3S2EI)
PCI Express接続のUSB拡張ボードを使用します。
マザーボード上のUSBコントローラを使用しないため、ノイズ源からの距離や電源品質の変化が期待できます。
また、USB拡張ボードのSATAコネクタ近傍に「100」インダクタ、ショットキーダイオードらしき D2、電解コンデンサが数個あるので、SATAの12V端子から5Vを生成する大電流Buckコンバータ電源が実装されてように見えます。この場合USBの5V電源はPC内部のATX電源からの5V電源ではなく、USB拡張ボード上のBuckコンバータ電源で生成された5V電源になると思います。
ただし、あくまで推測であり断定はできません。

④ USBアイソレータ(Mixed Signal Systems Lab UAI-1)
今回の測定で使用したUSBアイソレータは、Mixed Signal Systems Lab製の UAI-1 です。
UAI-1の特徴は単なるUSB絶縁器ではない点です。
USB信号を絶縁する機能に加え、USBデバイス側へ供給する電源に超低ノイズLDOである LT3045 を採用しています。
LT3045はオーディオ用途や高性能測定器にも使用される超低ノイズレギュレータとして知られており、
- 極めて低い出力ノイズ
- 高いPSRR(電源リップル除去性能)
- 優れた高周波特性
を備えています。
そのためUAI-1では、
- USB絶縁によるノイズ遮断
- LT3045による電源クリーンアップ
という二重の効果が期待できます。

測定方法
USB電源ノイズ測定
まず各条件においてUSBのVBUS(5Vライン)を観測し、FFT解析を実施しました。
測定器(ADC)で取得した波形を周波数領域へ変換し、
- ノイズフロア
- スイッチングノイズ成分
- 高周波ノイズ成分
を比較しています。
USB電源の評価では単純なリップル電圧よりも、どの周波数帯域にどの程度のノイズが存在するかが重要です。
特にPLLやクロック回路は高周波成分の影響を受ける可能性があるため、FFTによる評価を採用しました。
測定条件は以下の通りです。
- 測定器:Cosmos ADC
- FFTソフトウエア:REW RTA
- Unit:dBFS
- VS sine Vrms:6.700 V
- 周波数レンジ:10.0 Hz ~ 100.0 kHz
- ノイズ測定レンジ:-180.0 dBFS ~ 20.0 dBFS

I2S BCLK周波数測定
続いてXMOS XU208のI2S BCLKを測定しました。
単純な平均周波数だけでは微小な変動を評価できないため、多数の測定サンプルを取得し周波数ヒストグラムを作成しています。
理想的なクロックであれば測定値は一点に集中します。
しかし実際には様々なノイズ源や回路の揺らぎによってわずかな周波数変動が発生します。
そこで周波数分布の広がりを表す指標としてSTDEV(標準偏差)を算出しました。
本記事では、
STDEV(標準偏差)が小さいほどクロック安定性が高い
という評価基準で比較しています。
XMOS XU208のI2S BCLKを測定し、周波数ヒストグラムを作成しました。

測定条件は以下の通りです。
- 測定器(オシロスコープ):RIGOL DHO924S
- テスト信号発生ソフトウエア:WaveGene
- ドライバー:WASAPI
- I2S周波数:44.1kHz
- I2Sデータ幅:16bit
- Wave波形:サイン波
- 周波数:1kHz
- 振幅:-6dB

USB電源ノイズの測定結果
まず各条件においてUSBのVBUS(5Vライン)を観測し、FFT解析を比較します。
① PC USBポート直結
PC直結では広帯域にわたって比較的高いノイズレベルが観測されました。

② セルフパワーUSBハブ(エレコム U3H-T706S)
セルフパワーUSBハブでは一部の周波数帯域で改善が見られましたが、高周波帯域ではムラがありノイズが若干増えている帯域が見られます。

③ USB拡張ボード(StarTech PEXUSB3S2EI)
USB拡張ボードではノイズフロアの低下が確認できました。

④ USBアイソレータ(Mixed Signal Systems Lab UAI-1)
そして最も良好な結果となったのがUAI-1です。
UAI-1では全帯域でノイズ成分が測定限界レベルまで抑制されていることが確認できました。
この結果はUSB絶縁回路によるノイズ遮断効果に加え、LT3045による超低ノイズ電源供給の効果が現れている可能性があります。
単なるUSBアイソレーションだけでなく、
LT3045によって生成されたクリーンなUSB電源がXMOS XU208 USB-I2S DDCへ供給される
ことが今回の大きな特徴です。

BCLK周波数ヒストグラム
次に各条件で取得したBCLK周波数ヒストグラムを比較します。
オシロスコープ画面内の周波数測定結果内のDevの値(赤枠内の値)が周波数分布の標準偏差STDEVの値となります。
① PC USBポート直結
PC USBポート直結ではSTDEVがもっとも大きい(周波数ばらつきが大きい)という結果となりました。

STDEV:7.5958kHz
② セルフパワーUSBハブ(エレコム U3H-T706S)
セルフパワーUSBハブでは改善が見られます。

STDEV:6.3948kHz
③ USB拡張ボード(StarTech PEXUSB3S2EI)
USB拡張ボードではさらに改善が見られます。

STDEV:6.1440kHz
④ USBアイソレータ(Mixed Signal Systems Lab UAI-1)
今回の測定条件の中で最もSTDEVが小さい結果となりました。

STDEV:4.5794kHz
USB電源ノイズが低い構成ほどSTDEVが小さくなり、UAI-1が最も優れた結果を示しました。
USB電源ノイズとBCLKジッターの相関
測定結果を整理すると以下のようになります。
| 接続方法 | USB電源ノイズ | BCLK周波数標準偏差(STDEV) |
|---|---|---|
| ① PC USBポート直結 | 高 | 大 (7.5958kHz) |
| ② セルフパワーUSBハブ | 中 | 中 (6.3948kHz) |
| ③ USB拡張ボード | 低 | やや小 (6.1440kHz) |
| ④ USBアイソレータ | 極低 | 最小 (4.5794kHz) |
USB電源ノイズが減少するにつれて、BCLK周波数ヒストグラムのSTDEVも減少しています。
少なくとも今回の測定環境では、
USB電源品質の改善とクロック安定性の向上には明確な相関が存在する
ことが示唆される結果となりました。
LT3045はなぜ効くのか
今回最も興味深かったのはUSBアイソレータ UAI-1の結果です。
UAI-1の改善効果は単なるUSBアイソレータとしての性能だけで説明できない可能性があります。
LT3045は非常に低ノイズなリニアレギュレータとして知られており、USB経由で流入するノイズ成分を大幅に低減できます。
XMOS XU208の内部には、
- PLL
- クロック生成回路
- デジタルロジック
- I/Oドライバ
などが存在します。
これらの回路は理想的には電源変動の影響を受けませんが、現実には有限のPSRRしか持たないため、電源ノイズが内部クロックへ影響する可能性があります。
LT3045によって電源ノイズが低減されることで、
- PLL制御電圧の変動低減
- 発振回路へのノイズ注入低減
- グラウンド変動抑制
が起こり、その結果としてBCLK周波数分布の狭まりにつながった可能性があります

考察
今回の結果は「音質の優劣」を直接示すものではありません。
しかし少なくとも、
- USB電源ノイズ
- BCLK周波数安定性
の間には測定可能な関係が存在することが分かりました。
また、最も優れた結果を示したのがLT3045を搭載したUSBアイソレータ UAI-1だったことは非常に興味深い結果です。
一般的にUSBアイソレータの効果は絶縁性能ばかりが注目されますが、実際にはその後段でどのような電源を構成しているかが重要であると考えています。
今回の測定結果は、
「USB絶縁」と「低ノイズ電源供給」の両方がクロック安定性に寄与する可能性
を示唆しています。
まとめ
XMOS XU208 USB-I2S DDCを用いてUSB電源ノイズとI2S BCLKクロック安定性の関係を測定しました。
測定の結果、
- USB接続方法によって電源ノイズは大きく変化する
- USB電源ノイズが低いほどBCLK周波数分布のSTDEV(標準偏差)も小さくなる
- 最も優れた結果はLT3045搭載USBアイソレータUAI-1で得られた
- USB電源品質とクロック安定性には明確な相関が見られた
ことを確認できました。
今回の結果から、USBオーディオにおけるUSB電源品質の改善は単なるオカルトではなく、少なくともクロックの安定性という観点では測定可能な差として現れることが分かりました。
今後は位相雑音測定やDACアナログ出力のFFT解析なども実施し、クロック安定性と最終的なオーディオ特性との関係についてさらに検証してみたいと思います。
測定データに基づいてUSBオーディオを評価すると、従来の「音が良くなった気がする」という議論とはまた違った視点が見えてくるのではないでしょうか。
